これはよい壮絶な夜遊びですね。

補導?職質?知らんがな(´・ω・`)


・・・というわけで前述の予告通り、諸事情により京都駅で徹夜してきました。


塾終了、20:40。紀伊国屋で立ち読みののち、大阪21:26発の201系普通で脱出。

こういった急ぐ理由がない時に、わざわざ激混みの新快速に乗る理由などありません。ゆっくりでいいのです。この後、明日の朝まで一晩中ひたすら壮絶な暇つぶしをしなければならないわけで。


201系は夜闇の中を爆走し、22:10に京都着。今から私は、たった数枚の写真を撮るというだけの理由でこの駅に7時間ほど滞在する事になります。

ホームに下りた瞬間に感じた、盆地性気候の京都らしい底冷えするような寒さ。が、もはや乗りかかった舟。ここで止めるわけにはいきません。


まず一本目は天理臨。定時なら、あと30分ほどで来る筈なんですが・・・待てど暮らせど、来る気配がありません。どうやら、北陸方面から遅れてやってきた特急電車がホームを塞いでいるために奈良線内のどこかで足止めされている様子。


暇なので近鉄のホームをボケーッと見ていると、こんなのが降臨。


確かコイツ、一編成しかなかった近鉄唯一の激レアステンレスカー・・・だったはず。


周りに居た同業の方々と暫しいろいろ話していると、昨日の天理臨はどうやらEF81-95ことレインボーガマが降臨していたとか。な、何ですかその特大ネタは。

何でも進入時には撮影隊がカマに向けて集団礼拝、出発時は拍手だったそうで。どこの宗教団体ですかそれ。


そんなことを色々お話しているうちに、目当ての列車が到着。
複雑に入り組んだ京都駅のポイントをゆっくりと渡りながら、2灯のヘッドライトとその後ろに連なる客車が、段々とこちらへ近づいてきます。


やがてブレーキの音も無く、列車は完全に止まりました。


DD51+24系。そういえば、昔の「だいせん」がこんな感じの編成でしたね。アレは14系でしたけど。


この団体列車は京都から東海道本線へ入り、東へと上っていきます。そのため、DD51はここでEF65にバトンタッチ。カマ替えが行われるわけです。

客車から切り離されたDD51。いやぁ、それにしてもこのカマ萌えます。重連だったら・・・は禁句。


・・・どうも、出雲を撮るまでもなくお腹一杯になってしまったような気がしないでもありません。


EF65側の写真も撮りましたが、ハイビームで撃沈。まぁ、そんなことくらいは想定の範囲内です。

ひととおりの撮影を終えて、気付けば時刻は23時半。意外と早いものです。

あとは上り出雲到着の0:27までひたすら待つのみ。「上り出雲は京都0番ホームの本当に一番端に停まってしまうので、ロクな写真が撮れない」という情報を予めさきほど一緒に天理臨を撮っていた方から頂いていたので、今日は上りは保険として撮る程度、メインは全て下りに賭ける気なんですけどね。

東海道筋のEF200、北陸筋のEF81、そして貨物電車スーパーレールカーゴなどの様々な顔ぶれが数分間隔で続々と雁行して走っていくのは、流石日本の物流の中心ルートといったところ。見ていて飽きません。


やがて、新潟行きの「きたぐに」が到着。時刻は既に0時を過ぎています。
列車は京都からスノーボードを担いだ若者グループなどを乗せ、数分停車した後に威風堂々と発車していきました。窓越しに車内を見ていると、意外にかなりの乗車率。自由席はほぼ満席という盛況ぶりです。

私が前に乗ったときは、余裕でボックス占領できたんですけどね。やはりこの時期、オンシーズンなんでしょうか。そういえばあの時もきたぐにを降りたあと、12月の福井駅で駅寝したような気が。


ホーム端には既に三脚の二人組が。どのみちホームギリギリに止まるんですから、そこで構えててもヘッドマークしか撮れないと思うんですけどね。

おまけに、その三脚二人組のカメラに着いてるのは特大のストロボ発光器。・・・今すぐ帰ってください。



刻々と迫る到着時刻。今か今かと待ち構えていると、放送で「出雲4分遅れ」の報が流れてきました。ま、山陰は雪みたいですし。


やがて、彼方に見えたヘッドライト。間もなくして鳴り響く接近放送。来ました。


今日のカマはDD51-1186。列車は長い長い0番ホームの端っこに、ゆっくりと止まりました。

ドアが開くと同時に車内からは大量の「乗車班」が飛び出してきて、ホームはちょっとした騒ぎに。うわー・・・。フラッシュ容赦なしですか貴方たち。もはや芸能人扱いですね。


カマ替えのバカ騒ぎはイヤなので、素直にケツへ向かってテール撃ち。案の定、こっちは2人しか居ません。


ぶっちゃけ田舎に帰ったらいくらでも撮れるよなぁ、こんなアングル。


8分と言う時間は騒ぎのうちにあっという間に過ぎていき、列車はやがて再び東京へ向かって走っていくのでした。


列車が去り、さっきまでの喧騒が嘘のように消えうせたホーム。各方面への終電は殆ど終わり、あとは25時丁度の野洲行きが残るのみです。


今駅を出たところで暇なのは目に見えているので、この終電をホームで見送ってから改札を出ることに決定。金曜の夜だからか、思いのほか結構な数の人々が電車を待っています。


221系12両の最終列車は、定刻より5分ほど遅れて到着。客を吐き出し、また乗せ、乗り遅れが無いか入念にチェックしたあと、ゆっくりとホームから離れていきました。数分後にもう1本大阪方面から京都止まりの普通電車が来ると、明日の朝まで営業列車はなくなります。


その列車が321系なのを確認した後、私も改札を出ます。さて、あとは本格的に時間潰しです。


とりあえず吉野家で遅すぎる晩飯。これで20分消化。

続いて、駅前を深夜徘徊・・・もとい散歩していたところ、何やら空から降ってきました。最初は雨かと思ったんですが、服にはなにやら白いものが付いています。あ、雪?マジ?

これで更に30分消化、とりあえず2時までは比較的すぐに時間が経ちました。


とりあえずは寒さをしのげるところを探してみると、24時間解放されている駅の南北自由通路が一番と判断。改札口の前で座り込みです。ほんの数十メートル離れたところにはホームレス大量発生なんですが、気にしない。警戒しときゃ大丈夫です。


ここで寝るのは流石に色々と不安があったので、ひたすら文庫本を読み進めます。気付いた時には3時になっていました。

と、そこに三脚を担いだ二人連れの方が。聞けば、やはり出雲狙いのようで。

その時、ちょうど頃合を見計らったかのように駅員氏が今まで柵のかかっていた改札口をオープン。中に入れるようになったので、予め大阪で買っておいた京都⇔大阪の昼特切符を呈示して改札内へ入ります。

改札機はまだ稼動していないので、切符にはハンコの日付入り。18切符を使うとき以外では、今や切符にハンコを入れてもらうことなんて殆どありません。

それにしても深夜3時に”昼得”切符を使うってのもまた妙な話です。これも、昼特が土・日・祝日は終日利用可能だからこそ可能なワザなんですが・・・。


先ほど改札でお会いした方々と談笑していると、到着の10分ほど前から徐々に人が増えてきました。

最終的には10人ほど。場所によっては前後の人に場所を移ってもらわないと映り込みが生じてしまいますが、付け替えなどにかかる停車時間の間に譲り合えば何とか撮れる・・・といった感じです。


が。


EF65牽引の出雲が到着、ホームに停止・・・しようとしたまさにその瞬間、25両編成の貨物列車が猛然と目の前を通過。出雲と撮影隊の間は、一気にコンテナに阻まれました。

その間にも着実に機関車の切り離しは進み、貨物列車が過ぎ去った時には今まさに切り離さんというクライマックスの状態。ありかよ。


結局、編成写真に関してはあまりいいものは撮れず。orz

ただ、ケガの功名か、機関車の入換時にこんなものが撮れたので後悔はしていません。

向かいのホームに居た乗車組のフラッシュタイミングと見事シンクロしてるのは見なかった方針で。だーかーらー、後撃ちだからって焚くなt(ry

・・・まぁ、これはこれで。ぶっちゃけ何が撮りたくてこんな写真になったのか良く分からんです。


DD51先頭の方は苦もなく撮影成功。だから田舎で撮れr(略


DD51と9両の客車は汽笛一声、定刻通りに京都駅のホームを離れて山陰へと踏み出していきました。



時刻、4時前。先ほどまで居た撮影組も方々に散り、駅には人影が見当たりません。始発までの暫くの間、京都駅は再び静かな空気に包まれます。


<つづく>