もうお腹一杯で破裂しそうです。


と云うわけで行ってきましたよ琴電旧型電車祭り。ええ、実に恐ろしいイベントでございました。



前日は試験疲れの影響により、9時には早々と就寝。翌日AM4時起床。

すぐに用意を済ませ、4時45分頃に霙交じりの雨の中をチャリに乗って駅へと向かいます。この時間だと交通量は少ないのですが、悪天候なだけにライト点灯・前方注視で慎重な走行。途中で深夜名物の道路工事をやってたりで、結局駅にはかなりギリギリの到着。ふぅ・・・。

程なくやってきたガラガラの始発電車に乗車、大阪を目指します。電車はまだ眠っている街を中を駆け抜け、京橋に到着。環状線に乗り換えです。

ホームで凍えるほどの寒さの中電車を待っていると、やがて大阪城公園方から額に2個のライトを点灯させた車両がこちらへ向かって走ってきました。オレンジ色の103系の車内は暖かそうで・・・とか思ってたら、ここで3日連続の 新 型 車 201系降臨ですかそうですか。お前なんか来ないでいいからとっとと本線に帰ってください。


エアサス台車の乗り心地はやはり違うなぁ・・・などと思いつついつも103系で辿るルートを201系で辿り、まだ完全に夜の様相の5時40分頃に大阪着。流石にこの時間だと、どこにも撮り鉄の姿は皆無です。

神戸線ホームでガクガクブルブルと凍えつつ降りしきる霙を見ること15分、ようやく煌々とライトを灯らせた網干行きの221系がやってきました。土休日のこの時間はまだ新快速などという便利なものがないので、快速だけが頼りなのです。


進行方向向きのボックス席を確保。暫くボーッとしたあと、今日の琴電撮影場所選定にかかります。

家で予め印刷してきた旧型車運用時刻表と琴電撮影地ガイドをひたすら見比べ、計画を立てていきます。志度線長尾線の2路線について立てねばならないので、結構コレが大変。順光ポイントを探し、どちら向き先頭が順光なのか確かめ、曇りの時の予備ポイントも確認、更に車種まで確認、そしてこの条件下でいかに効率よく旧型車に乗れるか・・・と、やる事はもう山ほどあるのです。


結局、六甲道辺りから須磨まで延々それらとの睨めっこ。それでも結局決め兼ねたので、ダイヤ決定はその後の岡姫普通車内に持ち越しです。まぁあの路線はどこで撮ってもそれなりにいいポイントが点在してたりするので、ここまで考える必要なんて無いんですけど。


車窓から見えるどんよりと曇る須磨の海の向こうが、ようやく赤くなってきました。夜明けは近いようです。西へ走っていくにつれ、徐々に景色が明るくなっていきます。雲も切れはじめ、綺麗な夜明けが見えるようになってきました。

加古川でふと白いものが車窓に見えていることに気付きました。一瞬畑の薬剤か何かかとも思ったんですが、辺り一面がそれらで埋め尽くされていることから考えるとどうやら本物の雪のようです。
まぁ、加古川でこれかよ・・・などと思って一時は先行きの危惧すらしたものの、姫路では既に雪の跡形もありませんでしたが。


そんな姫路で乗り継ぐ電車は、115系かと思いきや意外にも213系の5連。キタコレ。マリンライナーを追い出された車両が、こういったローカル運用で静かに活躍を続けているわけです。

その車内ではひたすら先ほどの続きの乗車行程選定。気が付いたときには既に岡山の数駅前。この区間はかなり暇な区間ではあるので、時間つぶしには丁度良かったのかも。

岡山ではすぐさまマリンライナーに乗り換え。一刻も早く高松入りを果たしたいわけで・・・。


茶屋町まで宇野線をチンタラ走ってきた223系モドキは、高規格の瀬戸大橋線に入った瞬間から新快速ばりの猛スピードで飛ばし始めます。植松、木見、上の町といった小駅を一瞬でかすめ、瀬戸大橋へ向けてのアプローチとなる長大トンネルを爆音を上げつつ突っ切れば、すぐに児島。ここでJR西から四国へ、車掌と運転士がバトンタッチします。


その児島で1分ほど小休止ののち発車するとほどなく、進行方向左方から高速道路が上に重なってきます。さほど長くないトンネルをくぐった次の瞬間、電車は海の上へ躍り出ていました。

瀬戸大橋は騒音対策のため速度が制限されているので、先ほどまでとは一転して緩やかな走り。その分景色をゆっくり見れるので、これはこれで乙。下にフェリーや漁船にタンカー、その他様々な船を見下ろしながらの10分程度の海上散策です。

石油化学コンビナートが近づいてくると、いよいよ四国上陸。予讃線合流の三角線の一辺を通り、坂出のホームに滑り込みます。様々な四国オリジナルの車両と擦れ違いながらカーブの多い予讃線を走り、高松9:58着。大阪から4時間弱、ようやく高松に到着です。


そして、息つく間もなくすぐさまダッシュ高松築港へ。車の来ない横断歩道を無視って10:00発の琴平行きに滑り込みセーフで何とか間に合いました。車両は元京急700形、車内にある「京急ファインテック 平成16年」の銘板に暫し萌えているとすぐに瓦町到着です。


志度線ホームには既に、10:22発となる2両編成の古い電車が停まっていました。コイツらに乗るためだけに、私は大阪からやって来たわけです。


そして、程よく暖かい車内に入って知らされた恐ろしい真実。可愛い顔してこの車両、実は物凄い経歴の持ち主なのです。


・・・いや、大正2年って。車齢92年って。


当たり前ですが、改造に改造を重ねられた結果として登場当時の原形をとどめている部分は僅かとなっています。それでも吊革支柱の装飾など、随所に風格のみなぎる車内。

運転手氏がどこからともなくやって来て、やがて電車は動き出します。床下から響きはじめるのは、勿論釣り掛けモーターの重低音。

やがて小さな車両の中は、揺れと音だけが支配する世界になります。


住宅街の間を走り抜け、田圃をかすめ、海を望み、志度線の小さな電車はゴトゴトと走ります。速度は出しても60km/h程度、至ってのどかなものです。

まぁ、この車両で60km/hを出すということはすなわち「爆走」に値するわけですが。音の素晴らしさはホントにガチです。


終点・志度の2駅前にある、房前という小駅で下車。撮影モードに入ります。


狙いはこの列車の折り返しと、この次に来る元京急230形&更にその返し。
今まで乗ってきた元大軌(近鉄南大阪線の前身、らしい)21号+元京浜電鉄65号のコンビは志度ですぐに折り返し、再びこの駅にやってきます。その10分ほど後には反対側から元京急230形27・28+元大軌24号がやってくるとのことで、良質の撮影ポイントが随所に点在しているこの駅周辺は撮影者がわんさか。

しかしここに集結する人々の思いとは裏腹に、天気の方はイマイチ・・・というか、最悪。とうとう雪まで舞ってきやがりました。横に瀬戸内海を見ながら同時に雪ですよ。なんつーか、色々と素晴らしすぎて涙が出てきそうです(寒さのせいで)。

写真を撮る上で雪が積もってくれるということは素晴らしい情景を演出してくれるので非常に宜しいのですが、このように中途半端に降られるとただ寒いだけなのです。


そのような寒い中気合で待ち、何とか返しを撮影。私含む同業者20人程度が堤防沿いにズラリと並んでいる光景、かなり怪しかったと思います。

続いて駅の逆位置へ移動し、元京急をゲット。

因みにこの列車、半径100mのカーブを曲がっている最中です。こういった急曲線がこの路線に大型の中古車両の入線を今まで妨げてきた結果、2005年になっても今なおコイツらのような究極の旧型車両が走り続ける要因になったわけですね。


そして更に先ほどと同じ場所で3連編成の返しを捕獲。両端で顔の形状も車種も昔走っていた会社も全く異なるので、非常に撮り甲斐があります。ちょっと白味が出すぎたかも?


この写真を撮ると同時に電車を追いかけ、飛び乗ります。しかし追いかけるといってもここは駅から数十メートルの位置、歩いても普通に間に合ってしまうわけですが。

琴電さんもそのあたりは分かっているのか非常に寛容に対処してくれているようで、乗りたい同業者が乗り切るまで待ってくれています。ありがたいことです。
それにしても果たしてこの琴電という会社、今日一日だけで私のような鉄ヲタ相手に一体何枚のフリー切符を売り捌いたというのでしょうか。相当な増収になってると思われます。
ただ、皆が皆このフリー切符とカメラ三脚を手に持ちながら電車内のあちこちに乗っているという光景はちょっとアレですね。


京急230形のM車、28に乗車。
この車両の最大の特徴は、非常に大きく取られた窓。重々しそうな茶色い電車ばかりが走っていた登場当初は、このガラス張りのような車両はかなり異彩を放っていたのでしょうか。そんなことを考えつつ、やはりモーター音に酔いしれます。もうこの会社最高。


車内で20分弱萌え転がったあと、古高松で下車。駅からすぐのところの道路で撮影です。

先ほどまで曇っていた空が徐々に割れ始め、このころから時折日が差す天気になりました。しかし、旧型車は後撃ちが順光で撮れた以外はどれも(略)な出来栄え。元名古屋市交(ここでは新型車になります)の車両が通る時などは大抵晴れてくれるのですが、これってひょっとしてイジメってやつですか?

古高松で65号+21号を撮った後、再び元京急+大軌コンビに乗ります。ここから後は古高松〜志度〜瓦町とこの電車に乗り続け、志度線乗り鉄に徹します。

それにしてもこの会社の旧型車両は、どの車両に乗っても、何度乗ってもホントに素晴らしい限り。ハズレがありません。強いて云えば前回訪問時に乗った、吊り掛け音の迫力がイマイチだった元玉野市営の760くらいでしょうか。といっても他の車両に比べると相対的に位置が下がってしまうだけで、やはりどの車両も存分に萌えられるんですけどね?


志度線を都合1.5往復して再び瓦町まで戻って来たころ、時計は1時過ぎを示しています。さて、今からは長尾線を攻めていきます。


次の瓦町13:18がさっそく琴電自社生え抜き旧型車両の3重連という悶死しそうな編成ということで、相変わらず地方中小私鉄のものとは思えないほど近代的な瓦町駅ホームで待つこと10分弱。

この駅、ついこの間会社再生法を申請したような地方中小私鉄の駅のクセに設備がやたらと物凄いのです。百貨店が入居する駅ビルの1Fにある、屋根で完全に覆われた駅舎。互いに離れている琴平・長尾線乗り場と志度線乗り場を繋ぐ通路に設置されているのは動く歩道。各ホームにはしっかりと電光掲示板の次列車案内が設置され、駅構内放送は完全自動放送、自動改札は新型バーレスタイプ、更にはなんと発車メロディまで付いちゃってます。


そして、そんな駅に毎日当たり前のように大正製車両が発着してるあたりが琴電クオリティの素晴らしさなわけです。もうね、ぶっちゃけありえないです。


やがて、電車接近の放送が流れてきました。築港方を見遣ると、茶色と白のツートンカラーに塗分けられた古い電車が近づいてきたのが見えます。やがてそれはホームに進入、近代的な屋内駅舎と大正製車両が究極のミスマッチを演出します。


ドアが開き、最後尾に繋げられていた5000系500号に乗り込みます。この車両だけはまだ琴電旧型車標準塗色の茶色と白に塗り替えられておらず、従来カラーのまま。

小休止ののち、3両の大正製電車は長尾へ向かって走り出します。発車メロディーが流れるLED列車表示完備の駅構内に、吊り掛けモーターの爆音を残しながら。


針路を南へ取り、電車は讃岐平野の田園地帯の真ん中を進みます。車窓に見える讃岐山脈の山々は白く雪化粧。あの山をバックに写真撮れたら綺麗だろうなぁ・・・。

途中の水田付近では立体交差化工事が進行中。この工事が完成して急カーブが解消されて大型車が入線可能になると、この路線での旧型車の活躍も危うくなってしまいます。


白山で下車し、とりあえず予め目星をつけておいた撮影場所へ向かいます。

撮影場所近くの製材所の御爺さんに許可を取って、建物のすぐ脇を走る電車を狙うわけです。天気は晴れたり曇ったり。晴れてたらバリ順で非常にいい感じなんですけどねぇ・・。


まずやって来るのは、先ほど乗った旧型3重連編成の返し。車両の割に巨大なパンタグラフとか、それが3つ連なってるとか、リベットだらけの車体とか、張り上げ屋根とか。もう、全てが素晴らしいです。完全に取り憑かれてます私。


そして運が見方してくれたのか、次の1000形120号+600形は順光キタコレ!後追いなのが悔やまれますが、もはや気にしません。サムネでは綺麗ですが実際は少しばかり傾いてたりします。それでも気にしません。まぁもともと今日は乗り鉄に徹するつもりなので、撮影はあくまでオマケですし。その割にはどう考えても撮影主体のプラン練ってますが。

撮影場所は井戸〜白山のほぼ中間地点なので、折角ですし井戸まで歩きます。この駅、夏の18切符消化の際にも来たことがあるので周囲の地理は体が覚えてます。

ほどなくして、長尾から折り返してきたこの編成に乗車。西前田へ向かいます。120号の車内はやはりと云うべきか何と云うか、ヲタ隔離ゾーンと化しておりました。まぁ、いいんですけどね・・・。

西前田で、駅すぐのところに数本の三脚を発見。お、いい感じだ・・・ということで、一緒に撮らせてもらうことに。側面に綺麗に光が当たってくれます。線路際の枯れ草刈りにも協力w

やはり曇り気味の天気でしたが、通過時はギリギリ日が差してくれましたヽ(´ー`)ノ


そして、やはりこの写真を撮って速攻で数十メートル先にある駅へダッシュ。電車に乗り込みます。一体何なのでしょうかこのハードスケジュールは。

志度線と同じパターンで、あとは徹底的に乗り鉄大正14年製のオールドタイマーの素晴らしさを全身で感じるのみです。このまま学研都市線の長尾まで帰れたら楽なんですけどねぇ。


終点の長尾に到着した電車は、ほんの2、3分ですぐに折り返します。それでも慌しい雰囲気など全く無く、いたって長閑な空気が醸し出されている辺りが何とも地方中小私鉄らしく、非常に心休まります。

折り返しはまた先ほどとは車両を変え、最後尾の325号に乗車。右に左に揺さぶられながら、直線の続く長尾線の今来た道を戻っていきます。
太陽は傾きはじめ、旧型車両の車内に差し込むのは金色の斜光線。強すぎず、かといって弱すぎるわけでもない心地良い冬の太陽の光が、線路の継ぎ目の振動を忠実に刻みつつ快調に走る大正製車両の車内をオレンジ色に輝かせます。


そして平木では行き違い。対向車の最後尾は旧型車両1000形120号なので、500号との並びが演出されるわけですが・・・これがなかなか来ません。結局1,2分ほど遅れて到着。


行き違い電車が遅れると、当然ながらこちらの電車も遅れます。


が、琴電はやってくれました。このウテシさんはやってくれました。それも大正14年製車両×2、昭和3年製車両×1という、このとんでもない編成で。





The 回・復・運・転 を。





そこそこ駅間が長い箇所が点在し、ほぼ南北に走るために比較的カーブも少ない長尾線

その長尾線の長所を生かし、最高速度65km/hギリギリで爆走を繰り広げる旧型3重連。沿線に大挙している撮影集団を横目に見ながらノッチ全開、冬枯れの田圃地帯の中を、擦り切れそうなモーター音を撒き散らしてとにかく走ります。


もう私ヤバイです。狂いそうです。このまま死ねたら鉄ヲタとして本望です。


左右にピョンピョン飛び跳ねる長い吊革。最近の車両ではまず体験できないであろう揺れが、車内を襲います。椅子に座っているとその揺れはいっそう激しく感じられます。

時折、保線の都合なのか、脱線しそうな勢いで不規則に左右に激しく揺さぶられる車体。そんな飛んでいきそうな揺れにも耐え、電車はガンガン走ります。
それでもまだ若干の余力すらありそうなこの車両たち。ですが、彼らは紛れもなく大正製。80年前の車両なのです。琴平線で頑張らせれば、案外85km/hくらい出せそうです。


懸命の65km/h暴走の結果、瓦町には定時到着。もうこの会社崇拝してやる。


先ほどの超絶爆走でもはや完全に萌え尽きたような気分になっていますが、まだまだ終わりではありません。何せ、この後は琴平線〜キハ58・65サンポートで 完 全 燃 焼 というイベントがまだ残っているのです。


片原町から琴平線の元京急700形に乗った記憶はあるんです。

仏生山車庫で丸窓300号を見た記憶も有るんです。


・・・しかし、そこから先の記憶が一切ないんです。


どこかの駅でウテシさんに起こされました。時計を見ると5時丁度。あ、ひょっとしてもう琴平ってオチですかこれは。そうですか。


まぁ、琴平線は以前にかぶりつきで乗り潰しているので別段問題なし。


そしてお次はいよいよ、ディーゼルサンポート。またも国鉄色は入ってませんが、もはや気にしません。ってか、普通に考えて3日に2日は入る国鉄色に2回連続で外れられるってかなり嫌われてるんでしょうね私。もういいんです。


キハ65・58の4連は、すっかり夕闇に包まれた讃岐路を疾走します。今日の爆走は前回の100km/h激走に比べると正直あまり面白くありませんでしたが、それでも高松到着直前に四国オリジナルチャイムが流れたので許します。とりあえず、(360PS+500PS)×2の強力編成で90キロノッチオフは堪忍してください。


高松到着後、流石に寒さが限界に達したので、駅前のうどん屋に駆け込んで本場讃岐うどんを胃の中に流し込みます。ホント、何時来ても美味しいですねコイツは。


その後築港駅へ行き、まだ運用していた琴電旧型車を手持ち1/8で気合で撮影して高松駅へとんぼ返り。え、赤18切符売り切れ?orz


マリンライナー115系3連〜新快速と乗り継ぎ、大阪2分乗り換えも成功して無事帰宅。帰りは殆どの区間でおやすみう(ry だったような気がします。


因みに今日で、まだ乗っていない琴電の旧型車両は22号・23号と3000形335号(いずれも志度線所属)だけになりました。あと3両・・・全コンプできるのはいつになることやら?




ここのブログに書き始めて以来、旅行記を完全に完成させたのはこれが初めてな気がします。なんつーかアレですね。